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細胞を活性化するモノ

たまに活性化しないモノ

桜井流

昨夜の麻雀は、近年まれにみる大敗を喫した。

桜井流をいくつか導入した結果、考え過ぎた模様。

 

それにしても、前回1勝もできなかった人が今回は勝ちまくっていた。

彼女に振り込み続け、一度も上がることができなかった私は

彼女が先に帰った途端に勝利。

 

その日の気迫で負けていたのか。

いや、体調が悪いと先に帰ったくらいなので

無駄な力が入っていなかったんだろうな。

 

昨日の彼女の背後にはハッキリとツキが見えた。

大敗は喫したが、ツキと流れを目の当たりにできたので満足。

メモ:桜井章一 書籍

桜井章一 「負けない技術」

・麻雀は本来、振り込みと和了り、つまり「与えること」と「得ること」のバランスの上に成り立っている。しかし、ダメな麻雀を打つ人は、自分が「得ること」だけ、和了だけを求めて相手を見ようとしない。

全体を見る目を持っていないのだ。それゆえ判断、行動のバランスが偏り、ついには自ら崩れてしまう。

 

・何かをしていても、目の前のことだけに捕らわれず”ながら感覚”でいる。目の前のことだけに集中して囚われてしまうとまわりが見えなくなるし、変な緊張を生んだりして、メリットはあまりない。

 

「難しく考えない」-ここにビギナーズラックの必然性がある。人は、ものごとがわかってくるとだんだん難しく考えるようになる。知識や情報が増え、考えが広がってくると、そこに迷いが生じてくる

 

・世の中には”待っていいもの””待つ必要がないもの”がある。瞬間的にやることを決め、それを実践する癖をつけていけば”待っていいもの”と”待つ必要がないもの”の見分けも瞬時にできるようになる。

 

・人は、自分の想定の範囲を超える動きに直面すると、なかなか対処できないものだ。そして、だからこそ”静”の必要性が生じてくる。静かな状態だからこそ、”動”の中で起こっていることに気づくこともできる。そして、"動”でも”静”でもなく、それを超えたところに”流れ”というものがある。その流れを感じる人は強い軸を持っている。

 

・大地に生える木を見たとき、あなたはどこに軸を感じるだろうか?きっとほとんどの人が、木の幹の部分に軸を感じるはずだ。しかしそれは人間の主観でしかない。

・木の軸は幹ではなく、大地の中にあるのだ。軸というと一本まっすぐ伸びていくものをイメージするが、本当はそうではない。軸というものには形もなければサイズもない。軸はどんどん広がっていく。そしてその広がりが無限の可能性を生み出すのである。

 

緊張というのは頭の前の部分、おでこのあたりに出るものだ。だから、緊張が前面に出てきて前が見えなくなってしまう。そんなときは、緊張を後ろに持っていくようにすればいい。

 

桜井章一「運を超えた本当の強さ 自分を研ぎ澄ます56の法則」

 

・感覚は磨くものではありません。単に戻ればいいのです。

・感覚を鋭くしようと思えば、積み重ねた知識や思考をいったん取り払えばいいわけです。赤ん坊のときと同じ状態に戻る。それが戻るということ。

 

・麻雀では、字牌は横の動きしかできません。同じ物が2枚、3枚そろわないと役にならない。だからポンというものがあります。麻雀がもし数字牌だけだったら、場は動きません。字牌があるから場が動くのです。

字牌を切るタイミングひとつで、場面がコロッと変わります。字牌を切るタイミングはすごく大事なのです。

 

ずるい場になれば、ずるい人達の中で一番ずるい人が勝つ。あるいは弱い場、いわゆるダメな場になると、ダメな人が勝つのです。

 

・上家(自分の左側のプレーヤー)の意味はすごく大事です。この人は次の人が働けるようにしてあげる。次の人は、次の次の人が打ちやすいようにしてあげる。それをずっとやっていくとだんだんいい麻雀になっていく。

 

麻雀はぐるっと回る。ぐるっと回るからこそ、おかしなことをすれば、天に向かって吐いたツバが、自分にかかるようなものなのでしょう。

 

・例えば、ラーメン屋さんから出前をとるのに「タイミングを計れ」と道場生に言います。今、雨が降っているとします。雨が小降りになったので、「今だ!」と電話します。そうすると出前をする人は、「雨がやんでいてよかった!」と思うでしょう。自分は運が良かったなと。そうやって、運は人にも配れるのです。

 

・周りを見る、そして周りを思う気持ちを持つ。そうやって自分に時間を使わないで済ませてしまうために、一秒で牌を切るのです。自分のことを早く済ませると、人のやっていることが分かってきます

 

・「他」の気持ちを持っている方が、「自」にとらわれなくて済む。

 

・見えるものをどうにかするのは知識、見えないものをどうにかするのが知恵だと思います。

 

・普段から小さなことに気づくことをしていないといけない。

 

・”時”と、時間とは違います。時は「今」、時間はある程度、何時間とか幅があるもの、数的にあらわされるものです。時は「今」ですから数的ではありません。だから私は、時間よりは、”時”に生きる方がいいと思っています。

 

雨の鳥居

鳥居をくぐりたくなったので

いざ鎌倉。

 

静かな雨の鎌倉を想像していたら

修学旅行生があふれ出していて

喧噪の鎌倉だった。

 

喧噪の中にこそ静寂がある。

ということで、一人静かにお参り。

 

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今日はお御籤な気分だったので引いてみる。

鶴岡八幡宮のお御籤は、振って棒を取り出すタイプ。

好みだ。

 

本日は50番。大吉。

巫女さんが棚からお御籤を出すのだが、右の一番下だったので

50番が最後なのか?

最後の50番に大吉を持ってくる。なかなか趣深い。

 

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響くわ~。

 

「統べてを和やかに穏やかに」→そう思ってる

「消極に陥り易い」→そうなのよ。よくご存じ

「家族和楽を実現したら順調となる」→ドキッ。最近、最近家族和楽ではないので頑張ります。

 

見透かされたようなお言葉ばかり。

さすが大吉。

 

鶴岡八幡宮を参拝した後は、白旗神社へお参り。

武士っぽくて好き。

 

その後は、キビヤでクロワッサンを入手して岐路につく。

 

母に「鎌倉行ってきたよ~」とメールをすると

「紫陽花キレイだった?」と返信が。

 

頭になかった!

次は雨の紫陽花をみにいこう。

琅琊榜(ろうやぼう)

www.ch-ginga.jp

 

「2015年の中国ドラマ最高傑作の”神劇”」と前評判の高かったこの作品。

本当~に面白かった。

まさに"神劇"でした。

 

主人公は皇帝争いをサポートする”策士”なので、

情報をつかみ、流し、人をコントロールし、状況を有利に運ぶ。

 

伏線だらけ、と言われているとおり

上手に組み合わせたパズルのように、

いろんな情報が各所にちりばめられており

時間と共に点と点が線になっていく。

 

物語は淡々と、且つ豪快に展開するので

観ている方もしっかり観ていないと置いて行かれる。

 

登場人物は、はっきりものを言わない人が多く

自分の心情や状況をぼそっと言葉少なに暗喩する。

 

 「今、この時点で誰がどこまで真実に気づいているのか?」

それぞれの登場人物の表情や言葉から推理する

推理小説のようなところも私好みの作品だった。

 

しっかりと考えられ構成された脚本に美しい映像。

ストーリーの抑制っぷりと呼応したような

白と黒、雪と墨の世界。

ときに炎の赤。

 

そして物語は

先の王の侍従であった宦官に一言ぼそっと語らせ

次の争いを暗示させながらの「終話」。

 

終わり方も秀逸だったなー。

(実際は、この後にもう1シーンあるのだが必要だったか?)

 

原作者は「海 宴」。

この作品もインターネット小説らしいのだが、

こんな骨太作品がインターネットで読めるとは。

日本におけるインターネット小説とは位置づけが違うのだろうか。

 

ストーリーの秀逸さもさることながら、登場人物たちがみんな魅力的!

演者も素晴らしかった。

主演のフーゴ―には、「風中の縁」から夢中なのだが

サブキャラの飛流と蒙摯!

二人の醸し出す空気感、好きだなぁ。

二人とも最強レベルに強いのだが、欠けている部分もある。

そんなアンバランスが人間らしく、みんなに愛されていた。

 

そう考えたら、この物語は男同士の愛と信頼の話だったな。

ドラマの中では「情義」という言葉で語られていたが、

このドラマが大ヒットしたということは

今大陸では、「情義」が求められているのか?

 

と、そんなことはさておいて

ドラマを見ている本数としては韓国ドラマが圧倒的に多いのだが

どっぷりハマる作品は中国・台湾系が多い。

中国は歴史もの、台湾は現代ものに限るが感覚に合うんだろうなぁ。

 

というわけで、お勧め作品を。

■中国歴史もの

「宮廷女官若曦」 原作:トン・ホア 演出:リー・クォックリー

「風中の縁」 原作:トン・ホア 演出:リー・クォックリー

※「風中の縁」の続編と言われている「雲中歌」(原作:トン・ホア 演出:于正)→こちらは全くおススメしません。制作スタッフが違うとこんなに違うのか。あとは主演女優の力の差か。

 

■ 台湾現代もの

「イタズラな恋愛白書」 監督:チュウ・ヨウニン 脚本:シュー・ユーティン
※この邦題、どうにかならなかったか

 

 


日本初放送!『琅琊榜(ろうやぼう)-麒麟の才子、風雲起こす-』

 

血を増やして線を減らす

「クヨクヨしがちなのは性格じゃないから」

 

先日参加した、漢方の講座で言われた言葉だ。

 

私は典型的な血が足りない女。

漢方用語でいうと「血虚」だ。

血虚の人間はクヨクヨしやすいらしい。

 

血虚の自覚はあったので、毎日黒豆茶を飲み、プルーンを一粒食べ、番茶にはクコの実を入れ、たまにレバーを食べる。対策は取ってきたつもりだ。

 

しかし、講座で何度も「血が足りない」と言われ

「血虚」の認識はあっても、それほど重く受け止めていなかったことに気がついた。

 

「血虚」と言われるより「血が足りない」と言われる方が10倍怖い。

 

認識していても、きちんと受け止めていなければ意味がないな。

(ま、重く受け止め過ぎてもよくないのだが。)

 

というわけで、血虚対策を行う上での目標ができた。

クヨクヨしなくなること。

 

日ごろ、クヨクヨしているつもりはないのだが

考え過ぎたり、気にしすぎたりするところが当てはまるのだろう。

 

具体的には、手相の線を減らすこと。

異様に手相の線が多いのは、きっと血虚が影響しているはずなので

 

血を増やして手相の線を減らす。

これが私の目下の目標だ。

 

それにしても、体の状態に感情が影響されるとは。

健全な精神は、健全な体から。

体をニュートラルな状態に保つって、大事だなぁ。

滝行ではなく海

友人から「滝行すれば」と言われ

そういえば、以前働いていた会社の上司がお坊さんで、定期的に滝行をしており

「君もどう?」みたいなことを言われたことがあったので

昔から興味はあったのだが、すぐに行動に移す気分にもならず

今日は海へ。

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海はパワースポット。

と、書いてみたもののなんだか陳腐だな。

 

しかし、気づいたら2時間。

裸足で砂浜をウロウロしていた。

日ごろ頭の中に蔓延している無駄な思考を水に流し

五感を刺激し

新しいエネルギーをもらった気がする。

 

浄化とチャージ。

自然は偉大だ。

 

別に、海じゃなくても山でも林でも岩でも

地球のエネルギーを感じられるところならどこでもいいのだと思うのだが

何から最もエネルギーをもらえるかは人によって違うと思う。

 

私は断然「水」。

 

昔から水辺が好きで、今は川の近くに住んでいる。

船旅が大好きで、湖に行くとボートに乗りたがる。

海で泳ぐのは好きではないが、海で遊ぶのは大好き。

 

自分が何から一番エネルギーをチャージしているのか

それを意識しておくと便利ですよー。

 

 

キラキラではなかった

今年のラ・フォル・ジュルネ忘備録。

 

5/3:自然へのオマージュ〜ア・カペラでめぐる世界の旅 出演:V8

5/4:動物たちのカーニバル〜室内楽版「動物の謝肉祭」 出演:小曽根真、他

5/4:音楽の冒険〜藤倉大が考える La Nature 

(番外編)5/9:レミ・ジュニエ(ピアノ)

 

昨年観た「spark」が素晴らしすぎて、今年のテーマ「ナチュール 自然と音楽」に物足りなさを感じつつも、キラキラした音をたくさん聴ければいいかなぁという感じで参戦。しかし、最後に体に残ったのはキラキラではなかった。

 

滑り出しはよかった、アカペラグルー V8の奏でる音はキラキラしていて、そうそうこれが欲しかったのよ~。という感じ。

アンコールのライオンキングで盛り上がって満足して終わった。

 

翌日の小曾根さんのステージは、ザ・エンターテインメント!

導入はピアノとバイオリンの「春の海」!でつかみはOK。

最後はサンサーンス「動物の謝肉祭」で派手に盛り上がり楽しく終了。

 

その流れのまま、ルンルン気分で聴きに行った藤倉大

弦楽器ベースの公演だよなぁ、くらいの前情報で行ったのだが

とんでもなかった。

 

公演の解説にはこうある。

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ブーレーズが絶賛した作曲家 藤倉大が、ペルーの伝統音楽からD.シルヴィアンまで、多彩なジャンルの音楽に自作を交えて構成した実験的音響空間。藤倉の独自な自然観を皆でシェア!

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まさに実験でしたよ。

音楽による人体実験。

てか、これが「自然感」なのか・・・理解しがたい。

 

特に、最後に演奏された藤倉大 作曲の「 Flare」

演奏しているへんみ弦楽四重奏団の人たち、気が狂っちゃうんじゃないかと心配になったし、聴いているうちに演奏している彼らの姿がホラーに見えてくる。

 

聴き終わった時の脱力感。

脳みそをかき回されたような疲労感。

もう、2度と聴きたくないと思うけど、怖いもの聴きたさでもう1度聴きたいような気もする。

なんとも不思議な体験だった。

 

youtube「 Flare」は見つからなかったけれど

藤倉さんの作品はあったので紹介。

「 Flare」に比べると、まだ優しい。

 


Dai Fujikura - Secret Forest (2008)

 

そして番外編のレミ。

友人が大ファンで、彼のピアノを聴きたがったのだがチケット完売。

しかし、執念で5/9のコンサートを見つけ出し聴きに。

そのフワフワの頭とシャイな笑顔から、キラキラのピアノを想像していたら

重いのなんの。

ここでも私の期待は軽くかわされ、どすんとした重厚な音を浴びてきました。

人は外見では判断できないなぁ。

 

というわけで、今年のラ・フォル・ジュルネ

体にドスンと染み渡るものになりました。